目標の捉え方を考える

目標について考えてみる。

目標と言えば、短期・中期・長期など、時間軸で考えるものと、

頑張ったら手の届く範囲や、どう頑張っても届かないくらいなど、大きさをもって考えるものと、

捉え方は、色々あると思うんだが、

ちょっと切り口を変えて考えてみたい。

とは言っても、

目標の定義として変わらないものは、

先々(将来)に対しての見方であり、現状よりステップアップした状態である事なんだが。

目標と言うと、どこか理想的で、志す意思の力を想像すれば、

崇高で綺麗なものとイメージされやすい。

だからこそ、目標は??

と聞かれて、自分の理想像を思い描くと思うんだが、

目標を思い立った時の気持ちと、達成した時の気持ちの綺麗さとは裏腹に、

スタートとゴールの間には、

綺麗さとは似つかわない泥臭さのようなものがなければいけないように思う。

もっと言うと、目標を立てたスタートの気持ちよさのまま、

目標を達成し、ゴールした時に気持ち良かったとなれば、

果たしてそれは、本当に目標だったのかな?

と疑問さえ残ってしまう。

おそらく、

何のストレスもなく、ただただ気持ちいいだけで、過ごした先のゴールには、

達成感のような気持ちよさはないと思う。

目標を達成しようとして、

課題が見つかり、苦労し、困って、必死にクリアしようとして、

その繰り返しの中で、達成感を得るための気持ちのわだかまりみたいなものが蓄積され、

目標を達成した時、その蓄積されたものが一気に解放されて、

達成感に繋がり、目標だったんだと認知される。

泥臭い思いをしたからこそ、達成した気持ちが綺麗に見えるんじゃないかと思う。

そう考えると、

目標というのは、時間軸の考え方だったり、大きさだったりがあるかとは思うが、

根本は、

自分自身が困らないといけない事

でなければいけないと思う。

困った事に対してチャレンジする事ができなければ、それは目標とは言えず、

逆に、困るからこそ、

自ら課題を見つけ、チャレンジし、粘り強く努力してクリアしようとする行動に結び付くんじゃないだろうか。

困ってる事を解決しようとしてるのを見ると助けたいって思うのが普通の人間だと思う。

そう思うのは、解決しようと必死に努力してる姿が、可哀想じゃなく美しく見えるから。

全力で目標にチャレンジしている姿が虚しく見えるという人はいないだろう。

人助けではないが、試行錯誤してる姿は、純粋に応援したくなる。

こう言ったのも、

目標は、自分一人で達成できると思ってるだろうが、

必ず周りの人達の何らかの支えがないと達成できないものだと思うから。

だから、

困らないといけない事

という表現を敢えてしてみたんだが、

とにかく、目標を立てる際は、

自分自身が必死にチャレンジできる事にする。

そして、

目標を達成する過程には、

必ず周りの人達の何らかの支えがある

という事を知っていて欲しい。

参考:目標設定における2つの型の考え方











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