毎年、天皇杯が始まるとジャイアントキリング(ジャイキリ)で話題が埋めつくされる。
この事実が示す事は、
一発勝負では結果はどう転ぶか分からない
という事と、
プロと大学生のレベルが近づいている
という事だろう。
もちろん、プロと大学生の戦いだけでなく、もっと大きく括れば、
プロとアマの差はそれほどないという事なんだろうけど、
ジャイキリした側に賞賛を送りたくなる一方で、
このジャイキリという事実に違和感を感じてしまう。
なぜジャイキリは起こってしまうのか?
をまとめるとともに、
ジャイキリが教えてくれる可能性についても、言及してみたい。

ジャイキリはなぜ起こる?
Jリーグには「ベストメンバー規定」が存在する事を聞いた事がある人は多いはず。
これは、
Jリーグ規約42条で「Jクラブは、その時点における最強のチーム(ベストメンバー)をもって前条の試合(編注:公式戦)に臨まなければならない」
と定める事で、「手抜き」でゲームに臨むことを禁止している規定だ。
この規定には、補足基準があって、
J1クラブについて「先発メンバー11人は、プロA契約選手または外国籍選手を合計6名以上含まなければならない」
とする事で、「手抜き」に関する最低限の担保を保証してるんだが、
天皇杯でジャイキリが起こるのは、この補足基準が、
J1リーグ戦とルヴァン杯に限られており、天皇杯では、適用されていない。
監督からすれば、チームマネジメントをしていく上で、
当然リーグ戦やカップ戦が優先順位の上位にくるはずで、
選手からしても、コンディションはリーグ戦やカップ戦を目安に整えたいわけで、
そんな若干の心の隙間が、
ここぞとばかりジャイキリを目指すチームとのモチベーションの差に繋がってしまうんだろう。
それだけではない。
いくらプロでも、ゲーム勘を失ってしまっては、
いいパフォーマンスを発揮する事は難しい。
若手への出場機会の付与が目的になってしまえば、
パフォーマンスを発揮する以前に、経験値の獲得でゲームが終わってしまう。
経験値があるチームがここぞと思って団結力を発揮するのと、
若手がここでアピールしなきゃ
と思ってゲームに臨むのには、
チームとして機能する事に差があって当然だ。
こう考えると、天皇杯におけるジャイキリは、
起こるべくして起きている事だと考えられる。
ジャイキリが教えてくれる可能性
だが、このジャイキリという事実は、勇気を与えてくれる側面もある。
J1、J2、J3、アマチュアとカテゴライズされてるという事は、
上位ほど力があるという事に間違いない。
いくらモチベーションが違うと言っても、上位リーグに属している選手ほど、
実力が上と考えるのは当然。
それなのに、実力の差がチームになった途端にひっくり返るのは、
単なるチームとしての差と見る事ができる。
という事は、個の実力はさほど変わらないのではないか
という見方だってできる。
常日頃、
プロになる・ならないは紙一重の差だと思っている。
この紙一重の差は、あまり言いたくないが、運も少なからずある。
だが、この運を手繰り寄せるのは、本人の諦めない気持だったり、努力だったり、
見えない力が左右している。
子ども達に目を向けて、可能性の話をするなら、
ある一定程度の実力さえあれば、プロになる夢はそんなに遠くない
という事だ。
まとめ
ジャイキリが起こる理由と、ジャイキリが教えてくれる可能性についてまとめたんだが、
やはり、ジャイキリが起こる事への違和感は消えない。
単純に、それでもプロとしてのプライドはあるのか??
と問いかけたくなる。
プロスポーツは、観客とともに成り立っている。
観客は、ゲーム観戦する事で、
非日常を味わったり、一生懸命頑張る姿に勇気づけられたりするわけだ。
何らかの価値を求めて足を運ぶはずなのに、
プロフェッショナルと呼ばれる選手達が、価値を提供する事にお手上げで、
消化ゲームくらいの気持ちでいたらどうだろう。。。
もちろん、ジャイキリ見たさに足を運ぶ人もいるだろうが、
そこにお互いのプライドがぶつかり合わないと、
ジャイキリの価値もあるとは言えないだろう。
子ども達の夢であるプロへの可能性を感じさせてくれる一方、
紙一重の難しさを気持ちとプレーで示して欲しい。
そんな想いを、天皇杯のジャイキリから感じてしまった。
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